前回は、日本人がタイに所有する財産には日本とタイどちらの相続法が適用されるのかについて解説しました。では、実際に日本とタイの相続法にはどのような違いがあるのでしょうか。
結論から言えば、相続制度自体には大きく異なるところはありません。しかし、法定相続人の範囲や順位に違いがあるため注意が必要です。
タイでの相続
タイでの相続については日本の民法に該当するタイの法律「民商法典」(以下、本法)に定められています。相続財産は、法律または遺言により相続人に相続されることになります(本法1603条)。日本と同様、遺言がある場合はその遺言の定めに基づいて相続が行われ、遺言がない場合には法律の定めに基づいて相続が行われます。ただし、遺言がある場合でも相続財産の一部に対する遺言である場合や、条件を満たさず遺言が無効と判断された場合など、本法の定めに従って相続が行われます(本法1620条)。
日本より多いタイの法定相続順位
タイと日本の相続法の違いで注意したいのは、法定相続人の範囲と順位です。法定相続人とは、遺言がない場合に遺産を相続できることが法律で定められている人を意味します。
タイの民商法典で定めのある遺言などが存在しない場合、この法定相続人となる者の範囲、およびその相続順位は、図表1のようになります(本法1629条、1635条)。
タイの民商法典で定めのある遺言などが存在しない場合、この法定相続人となる者の範囲、およびその相続順位は、図表1のようになります(本法1629条、1635条)。
法定相続人の相続をする権利の順位については、まず第1位である直系卑属(子)が優先されます。第2位は被相続人の父母、第3位は被相続人と父母を同じくする兄弟姉妹、第4位は被相続人と父母の一方を同じくする兄弟姉妹、第5位:祖父母、第6位:叔父(伯父)・叔母(伯母)という順番になります。日本の場合、叔父(伯父)・叔母(伯母)は法定相続人ではありませんし、子や後述する配偶者が相続する場合には、父母は相続人にはならない点が日本とタイとで異なる点と言えます。
基本的に後ろの順位の者は、前の順位の者が相続する場合には相続できません。もっとも、被相続人の父母に関しては例外的にほかの法定相続人が相続する場合でも、常にその法定相続人と同じ順位で相続することとされています(本法1630条)。
また、配偶者がいる場合には、配偶者ももちろん相続人となります。
配偶者の法定相続分については、相続第1位である子が相続人となる場合は子と同じ割合で、相続人が祖父母となる場合には、配偶者が3分の2の割合で相続するなど、同時に相続する他の法定相続人の種類により異なります(本法1635条)。
被相続人がタイ居住か否か
そもそも日本とタイどちらの国の法律が適用されるかについては、前回解説したタイ抵触法によることになります。この抵触法によればタイ在住の日本人がタイに財産を残して遺言なく死亡した場合、不動産と動産いずれにおいても相続手続きは、タイの法律として本法が適用されます。この場合の相続手続きにおける法定相続人の順位や分割する相続の割合については、本法の定めに従い相続手続きを行うことになります。
他方、日本に生活拠点を持つ日本人がタイに財産を残したまま遺言なく死亡した場合、タイ抵触法によれば、タイの不動産についてはタイの法律として本法が適用され、動産については日本の法律(民法)が適用されることになります。タイ在住か日本在住かにおける、大きく異なるところは法定相続人の順位や法定相続分になります。
しかしながら、実際のタイでの相続手続に関して言えば、タイにある相続財産(である動産)は被相続人の最後の居住地がタイか否かで区別はせず、あくまでタイの法律に基づき手続を求めるというのが銀行などでの対応です。相続人が配偶者や子のみで両親も死亡しているということであれば、被相続人がタイに居住していたか否かは、タイでの相続手続きにおいて、ほとんど影響がないといえます。
以上、タイと日本の相続制度自体は大きく異ならないものの、法定相続人の範囲や順序が異なるため、タイ人の配偶者がいる方などは、遺産分割でのトラブルを避けるためにも日本との違いをしっかりと把握しておくのがいいでしょう。またタイに財産がある方は、現在タイに居住していない場合でもタイの財産については実務上タイ法に基づく対応が必要になることは理解し、対応を検討しておくべきでしょう。
TNY国際法律事務所
日本国弁護士・弁理士 永田 貴久
TNY国際法律事務所
日本国弁護士 藤原 杯花
タイ、ASEANの今がわかるビジネス・経済情報誌『ArayZ』